スケルトンハウス 21 中国建材センター・煙台

7月6日 スケルトンハウス 21 中国建材センター・煙台

 煙台建材センターは、一つの町のようです。連棟になった展示場が、幾列も並んでいます。私、スケルトンさんとすれば、一軒一軒見てみたいと思いましたが、悪路を走ってきたメンバーとすればとんでもない話でした。青島社長が紹介したい展示場を何件か、車でまわることとしました。

 皆さんに、建材センターの話をしたところで、始まりません。それがどうしたの。で話は終わりです。その時の写真をご覧に入れたいのですが、弊社パソコンのデーターがある日、全てなくなりました。残念です。中国は、毎年、変貌します。空港は、綺麗になり、道路は、見事に立派になりました。6年前と今では、違います。歴史の流れが、お見せできなくて残念です。

 若干、プリントした報告書がありますので、そのコピーをご覧に入れます。街並みのような連棟とフローリング、タイル、建具、衛生機器の展示場です。

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スケルトンハウス20 中国建材センター2

7月2日 スケルトンハウス20 中国建材センター2

 出張記録(添付)を見ますと、20021019日成田発AM10:30青島着PM12:40 NH927便とあります。更に、PM13:30PM15:30 煙台です。青島、煙台間は、200kmぐらいありますから、2時間の予定でしたが、3時間かかりました。直接、フローリングの会社に行きました。青島社長は、幾つかの合弁会社を持っていましてその一つです。

 工場は、木造のバラック建ての粗末なものです。終戦後、おっと、とんでもない言葉が出ました。すみません。私、スケルトンさんが、小学生のころ横浜では、アメリカへの輸出品として安価で良質の絹のスカーフをプリントしていましたが、その時の木造の工場(ナッセン工場)を思い出しました。貧しさからの脱却を願い、誰もが頑張っていた時代の貧しい工場です。

 材木は、ロシアからですが、端材です。自然乾燥したあと人口乾燥し、色あいと板目の同じようなものを丁寧に選別します。この技は、神業です。すばらしい、選別力を持っている人が担当しています。それを、接着剤でつなぎ合わせて一本の板にし、フローリング材として加工します。黙々と、人海作戦でこなしています。写真を幾つか掲載しました。

 翌日は、建材市場を参考のために見学しましょう。どのような物が中国で輸出できるのかを見られますので。とのことでした。昨日、悪路を200km走り、腰が痛くなっているのにまた、車ですか。しかも人の商品を見てどするのかと思いつつ車に乗りました。着いて、しばらくして、ハッと気づきました。気づいて、びっくり、建材センターです。どうして、中国に建材センターがあるのだ。日本には根付かない建材センターが。どうして。アッそうだ、瞬間に、青山の建築家Nさんのことが頭に浮かびました。

 青山の建築家Nさんは、以前ブログに書きましたが東京工業大学大学院を卒業して、都市計画の勉強にMIT工科大学大学院に留学しその後、アメリカ国防省の委託機関に就職し、戦略的な各国の都市計画をしていました。帰国後も、中国とは縁があり、現在も直接、上海を中心に都市計画に参加しています。帰国後、話をしましたところ、十分に考えられるとのことでした。青山の建築家Nさんは、アラブの都市計画を担当していたそうですが。

 基本は、住宅政策です。建材センターは、アメリカの住宅政策、2*4を基本とし構造体を建てれば、誰でもが出来るように何でもそろう建材センターを建設した。スケルトン&インフィルの考え方です。広大な国土の中国は、条件がアメリカと似ています。聞いてみると、海岸沿いに建材センターが点在し、建築は、マンションです。スケルトン状態で渡し、インフィルは、自分たちで選定し施工するか、業者に依頼します。なるほどです。「20090702194847497.pdf」をダウンロード 

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スケルトンハウス 20 中国建材センター1

629日 スケルトンハウス 20 中国建材センター1

 いよいよ中国に行く日が来ました。久しぶりの海外出張です。パスポートの準備からする始末です。高橋社長と税理士のIH先生と建築家Sさんそして私、スケルトンさんの4人です。IH先生は、顧問税理士I先生のご子息さんです。I先生は、高橋社長の奥様の父君です。高橋社長としましては、なにか今後商売上の契約、金銭的な問題があると想定して、IH先生を同行したのでしょうか。お若いIH先生の将来を考えて後学のためでしょうか。親しくしていますIH先生が同行で楽しくなりそうです。

 成田から、チンタオ(青島)行きのフライトです。東洋エンタープライズ㈱青島社長さんは、建材商のほかに旅行代理店の認可を受け商売をしていましたので、一切の手続きを任せました。チンタオ(青島)空港に着きますと、うす暗く汚れたコンクリートの空港でした。空港の華やかなイメージは全くありません。何か来てはいけないところに来てしまった緊張感で、入国手続きをすませました。ロビーに出ると、青島社長さんは、早速、飲料水のペットボトルを買い、全員に配りました。粉塵がありますので、水を携帯しましょう。とのことです。秋でした。急に、私、スケルトンさんは、咳き込みました。確かに、粉塵です。乾いた土が舞い上がり、粉塵となります。

ペットボトルのふたを開け、水をごくりと飲みました。飲みながら、この水大丈夫かなと思い、少しにしました。ふたを閉めようとしたら閉まりません。青島社長さんが、一度空けたら、閉まりませんよ。精度が悪いから、日本のようには行きません、運が悪かったんです。あきらめて下さい。アッハハ 笑い。です。ふたののりしろ(深さ)が浅いのと精度が悪く、本体とのねじ部分がかみ合わないのです。

 これからが、大変です。200km離れた、煙台(えんだい)に車で向かいます。車が走り出しました。高速道路?国道?でしょうか。道路は広いのですが、舗装はしてあるようなないような道です。猛スピードで走ります。前に走る車をどんどん追い抜き、クラクションを鳴らし、また、次の車を追い抜きます。そしてまたクラクションを鳴らして、です。高速運転するには悪すぎる舗装道路を100キロのスピードで走ります。昔、進駐軍に神風タクシーと言われた日本のタクシーと同じでしょうか。大昔の話で、失礼をしました。でも、50年前の日本でしょうか。

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スケルトンハウス 19 建材センター2

625日 スケルトンハウス 19 建材センター2

 中国に、アメリカ式建材センターを見ました。沿岸部に点在しますが、煙台の建材センターは、克明に調べました。偶然の出来事です。

 7年ほど前から、中国建材とのご縁が出来ました。ある日、スケルトハウス仲間の住環境フィッターY さんから、中国建材会社の社長を紹介したいとの話がありました。その社長さんは、中国人ですが日本に帰化していました。欧米とのご縁はありましたが、中国本土とはなく、台湾どまりでした。興味しんしんでお会いしました。

中国と聞いて思い出すのは、亡くなった祖父母が北京に長期間滞在していたことがあり、小学生の時に北京の話を聞いたことです。写真帳も見ました。印象的な写真は、熊の毛で作った帽子をかぶった祖父です。寒いからみんな、冬になるとかぶるんだぞ。でした。中国の方と会うのも何かの縁です。

 台北では商売が進みましたが、韓国の方との商売で、苦い経験をしていまして、警戒をしながらお会いしました。背の高い、ハンサムでさわやかな社長さんでした。30才後半でした。私、スケルトンさんは、彼をいっぺんに気に入りました。人は第一印象で分かります。高政工務店 髙橋社長に紹介して、中国建材を見てみたくなりました。ところが、なかなか髙橋社長は、会おうとしません。よくよく聞きますと、過去に、中国人との商売でやな思い出があり、会いたくなかったそうです。ある日、会いましょうということになり、お会いいただきました。ハンサムでさわやかな社長さんは、髙橋社長もいっぺんに気に入りました。話だけではわからないから、一度中国に視察に行きましょう。とトントン拍子にことは運びました。まさか、中国に行くことになろうとは思いませんでしたが。その社長さんは、東洋エンタープライズ㈱の孫社長さんです。日本名を青島祐介と言います。中国・青島 (チンタオ)生まれで、青島と名づけたそうです。Image3

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スケルトンハウス 19 建材センター1

622日 スケルトンハウス 19 建材センター1

 先回、建材センターに触れましたが、建材センターの建設に参加していたからです。現在では、ジョイフル本田が、唯一の建材センターでしょうか。アメリカに端を発して、スケルトン部分の建材、構造材とインフィルのインテリア、家具調度品、設備のキッチン、衛生機器の関係とエクステリアを扱う建築と住いの総合展示場です。一般のお客様と業者の方とが共に購入できますが、発生の意味合いは、プロ向けです。価格も、違います。

 広大な国土を持ったアメリカでは、住宅着工密度も低く、物量コストが大きな問題であります。届けるより、買いに来ていただく方向をとりました。従って、購入者にとっても、遠方から来るからには、全てのものがそろうことが必要であり、総合展示場となりました。日本のように、国土が狭く、サービスが行き届くところでは、本来の意味が違い、ジョイフル本田自体も当初と様相が変わり、ジョイフル本田以外に第2の建材センターが建ちません。大工センターが、主流で、プロが主流のはずが、エンドユーザーが主体となり、インテリア用品、家具調度とプロ向けの道具、小物を置いています。IKEAのようにレストランから託児所までとはいきませんが、ニトリのように独特の商売をしているところが多くなりました。それはそれで国土にあって結構です。

 当時は、アメリカ式は、日本にはあわないが、結論でした。しばらくして、ジョイフル本田が出来、びっくりしました。でも、やはり、すぐに方向転換をしました。正解です。アメリカ以外に建材センターが見当たりません。ご存知でしょうか。

 従って、計画をしていた建材センターは建設されませんでしたが、輸入住宅の建材、設備、家具、インテリアを扱うプロ向け展示場へ大きく方向転換をしました。アメリカの建材、構造体とイタリアのインテリア、家具調度品を主流した製品構成でした。一般ユーザさんには、体験宿泊をしていただくモデルハウスを併設した総合展示場を計画しました。富士のすそ野に土地を購入し始めましたが、頓挫しました。共同経営で、意見と経営方針の違いがわかり、何十億の計画は、1年半掛けて計画し、1年半掛けて解散しました。2002_1214_135515w480_4

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スケルトンハウス18 ザ・コンランショップ・IKEA

6月18日 スケルトンハウス18 ザ・コンランショップ・IKEA

 先日、新三郷のIKEAと一週間おいて新宿のザ・コンランショップに行きました。スケルトン&インフィルとして、スケルトンハウスを見ていますが、インフィルについては、話す機会がありませんでしたが、偶然に、たてつづけに二つのショップに行き買い物をしました。

 IKEAは、スウェーデンのショップを訪ねたことがあります。あまりにも大昔で、ショップの記憶がありませんが、壮大なインテリアショップの記憶だけはあります。照明器具の仕事をしているときでしたが、その当時は、北欧の照明が全盛で、デンマーク、スウェーデンにはたびたび行く機会があり、見学をしました。IKEAが日本進出してきたときは、思わず見学に行きました。スケルトハウス仲間の住環境フィッターYさんの近くに、横浜・港北IKEAが出来た折にも、Yさんの案内で、鎌倉の建築家Yさん夫妻と見学に行きました。生活の提案をこれでもかと紹介してくれていますが、一日では見切れないほどの大きさです。家具の格安ショップをうたい文句に世界展開をしていますが、おしゃれで、格安で、レストランもあり、託児所もあり、大きな駐車場完備で、楽しいレジャーランドでもあります。

 ザ・コンランショップは、これまた、十数年前になりますが、サンフランシスコのショッピングセンターを見学した折に、是非とも見たいと思い、行きました。小物から家具、キッチンまでの総合インテリアショップをじっくり見て、びっくりしました。きめ細かいインテリアの提案手法は大変参考になりました。その時の印象では、イギリス発セレブ系ライフスタイルショップという高級感はなく、むしろ庶民的なショップとの記憶があります。赤い素敵なソファーが一段高いところに展示してあったことをなぜか思い出します。当時は、建材センターの建設計画中で、その視察でしたからでしょうか。

 新宿ザ・コンランショップは、それこそ、スケルトンハウスのご縁で、東京ガス・OZONEK部長さんとお会いしてから、再三お尋ねして、OZONEショップの一つとしてザ・コンランショップを発見しました。懐かしく、時折夫婦して買い物に行きます。それこそ、イギリス発セレブ系ライフスタイルショップを強調していて、来店しているお客様も違います。素敵なお店です。

 先日は、テーブルクロス1枚とランチョンマット4枚、カップ一個を買いました。

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スケルトンハウス17 デベロッパーが建設

6月15日 スケルトンハウス17 デベロッパーが建設

 スケルトンハウスが動き出したころを思い出しました。世田谷の高級建売、売り建て建設会社とご縁が出来ました。お付き合いをしていた設計事務所さんの紹介で、スケルトンハウス構想をプレゼンテーションに行きました。エントランスから、ゴージャスで床は大理石、打合せ間仕切りは透明ガラスです。受付には、常時きれいなお嬢さんが二人も担当していました。まさに、高級住宅を取り扱っていますよと言わんばかりでした。

担当者が、大変、感動をしてくれました。話は、トントン拍子にはこび、社長どうしの面談も終わり、建築をすることになりました。都立大学の敷地に、4棟、3階建てを計画することになりました。弊社のみならず、伊藤忠建材㈱も大喜びです。総力を挙げての建築となりました。大空間で、間仕切り自由が、評判よく、計画段階で販売契約が進み、お客様の要望を組み入れた建築となりました。特に、一棟は、お医者さんが新居として購入され、広々とした空間を気に入られて大幅な変更と追加設備を発注されました。2宅地を一軒として、しかも2階建にし、天井高さを思い切りとりました。2棟は、敷地的には、広くはありませんので、1階に駐車場を設けました。木造3階建で、大きなスパンの駐車場は、壮観です。鉄骨、RCではあたりまえでしょうが、柔らかさのある大空間は、木製門型フレームならではのものです。

伊藤忠建材㈱の担当役員も参加して、新生IK工法の内輪のお披露目式となりました。デベロッパーの方々が、注目されIK工法の飛躍のきっかけとなりました。世田谷の高級建売、売り建て建設会社は、渋谷に移られご発展のようです。高政工務店は、基本的には、建売建築は扱いませんので、それきりでしたが、建売関係の担当者さんとは、時折連絡を取り合っています。最近の情報では、独立をして、共同経営をされています。ご縁が、復活するといいなと思います。

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みんなで住もう20 旅行会

69日 みんなで住もう20 旅行会

 3家族で恒例の旅行会があります。昨年の夏休みは、北海道でした。私、スケルトンさん夫婦は、兄(家内の兄)の入院があり、欠席でした。その年の正月は、箱根でした。2年前の夏の箱根が、好評で、ジージ(息子の嫁のお父さん)のリクエストで、初めて正月旅行をしました。3年前の夏は、熱海で花火を見ました。

 息子夫婦が結婚してから、なんとなく、3家族で旅行をしていましたが、その流れで、恒例化しました。もっとも、孫が出来たときから、旅行会を通じてお互いの意見をそれとなく言い合い、3家族が一緒に暮らすことになったと言ってもいいかもしれません。

 今年は、飛騨高山と白骨温泉と決まりました。ママ(息子の嫁)が、先週の土曜日に電車、旅館関係を旅行会社に頼んできました。旅行に関しては、細かなことは誰にも相談せずに決めます。昨年の北海道は、予想をはるかに超えるお金がかかり、その後の生活に支障が出たと息子は嘆いていました。リーダー役のママは、久ぶりに両親との2家族での旅行で張り切り、みんなも気合が入ったようです。

 どんな旅行になるのでしょうか。私、スケルトンさんはいつも、仕事上で企画係をおおせつかりまして、段取り屋を自称していますが、3家族では何でも「うん、うん」と言いついて行くことにしています。その点、ママは、積極的で事細かにいつも細心の注意を払って計画をたてます。熱海の花火は、印象的でした。到着した日は、なんと雨でした。参った。参ったです。みんな、明日は雨でどうしようか。でも、言い出せないし。どう過ごせばいいのかな。せっかくの旅行会なのに。ところが、雨が上がったのです。隅田川、荒川、多摩川の花火と何回か花火を見るチャンスがありましたが、海で、それも真近で、大音響のもとでの花火は迫力がありました。なんと言っても見られないと思っていた花火が見られたことのうれしさと、3家族旅行がうまくいったことのうれしさが加わり、立派でした。旅行は、行く前と、行った後も楽しいものです。

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みんなで住もう19 役割分担3

6月8日 みんなで住もう19 役割分担3

 二人の孫、MちゃんとU君は、新一年生の女の子と3歳の保育園児です。Mちゃんは、誕生以来ママとバーバー、おばーちゃんの3人に育てられました。ママは、規定の産休のあと復職しました。3歳で予定通り、幼稚園に通園することになりました。幾つかの幼稚園がありましたが、相談もなく、歩いてはとうていいけないA幼稚園に決まりました。ごく近くに幼稚園がありましたが、どうしたことでしょう。みんなで話し合いながら進めましょうと3家族会議で決めたはずですが。U君はまだ誕生前のことです。ママの勤め先に近いことと設備が整っていることから決めたとのことでした。

 それから3年が過ぎ、U君が誕生し、大騒ぎです。そのU君が、3歳です。また、Mちゃんと同じ幼稚園に入れるのでしょうか。面倒を見るバーバーとおばーちゃんは、どうするのか戦々恐々としていました。すると、Mちゃんが、U君は、私と同じ幼稚園に行くのよ。と言いました。おばーちゃんは、びっくり仰天。私、スケルトンさんは、やっぱり。でした。ところが、Mちゃんの新一年生入学をお祝いする3家族の食事会の時に、おばーちゃんが、突然に、U君は、今年から、Mちゃんと同じA幼稚園に行くの。と切り出しました。ママは、いいいえ。今の保育園のままです。そうよね。パパ。でした。一同、ほっとして、それ以上の話はなく、何事もなかったように、楽しい食事会がにぎやかに進みました。

 でも、Mちゃんは、スイミング、バレーと忙しく習い事をしていますが、U君は、保育園のままで、スイミングに行く様子もありません。一抹の不安がります。息子に聞いたことがあります。U君は、そろそろ、スイミングでも行かせたら。と。息子は、一言、僕が教えるから大丈夫。でした。息子は、高校の時に水泳部にいて大会にも出ていましたので、話は、それでお終わりです。U君の教育、習い事については、ゆっくりと行きますか。でしょうか。

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スケルトンハウス16 賃貸併用

65日 スケルトンハウス16 賃貸併用

 先日「住みながら貸す」とヘッドコピーをうたった新聞広告がありました。やっと商品化してきたな。と思いました。マンションを、建設当初から賃貸部分と住居部分とに設定して販売し、家賃収入で住宅ローンを返しましょうとのうたい文句です。10年も前からスケルトンハウスで提唱していました。二人からスタートして、一部を貸し、家族が増え、成長したら、住居として使えるように可変型にする提案です。横浜の建設業者さんが数年前に始めましたが、なかなか進展しなかったようです。

 今回は、どうでしょうか。賃貸部分を「サイドビジネス空間」「仕事空間」「収益空間」と可能性を広げています。埼玉県川口市本町で川口駅・川口元郷駅に近く、売主、オリックス不動です。何とか成功をしてもらいものです。マンションでは、スケルトン・インフィルを前面に打ち出した企画がブームとなったことがありました。当時、建設省も盛んにバックアップをしていましたが、ユーザーの反応が盛り上がりませんでした。スケルトン・インフィルの意味と必要性を感じない方には、自分で考えることが面倒である、どうのように対応したらよいか分からない、よけいな時間と予算がかさむ等々のことがあり難しかったようです。建設省としては、長年の研究を重ね、マンションスタイルのコンクリート系大型建築物の長期使用をもくろみ、省資源化、長寿命住宅の建設を考えたようですが、増築、減築が不可能なマンションスタイルのコンクリート系大型建築物は、スケルトン構想は難しいと私、スケルトンさんは、思いますが、いかがでしょうか。変化したり、増えたり、減ったりと暮らし方の提案があって初めて、省資源化、長寿命住宅が可能ではないでしょうか。

広告の間取部分を添付し,データーを付けます。

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