7月2日 スケルトンハウス20 中国建材センター2
出張記録(添付)を見ますと、2002年10月19日成田発AM10:30青島着PM12:40 NH927便とあります。更に、PM13:30~PM15:30 煙台です。青島、煙台間は、200kmぐらいありますから、2時間の予定でしたが、3時間かかりました。直接、フローリングの会社に行きました。青島社長は、幾つかの合弁会社を持っていましてその一つです。
工場は、木造のバラック建ての粗末なものです。終戦後、おっと、とんでもない言葉が出ました。すみません。私、スケルトンさんが、小学生のころ横浜では、アメリカへの輸出品として安価で良質の絹のスカーフをプリントしていましたが、その時の木造の工場(ナッセン工場)を思い出しました。貧しさからの脱却を願い、誰もが頑張っていた時代の貧しい工場です。
材木は、ロシアからですが、端材です。自然乾燥したあと人口乾燥し、色あいと板目の同じようなものを丁寧に選別します。この技は、神業です。すばらしい、選別力を持っている人が担当しています。それを、接着剤でつなぎ合わせて一本の板にし、フローリング材として加工します。黙々と、人海作戦でこなしています。写真を幾つか掲載しました。
翌日は、建材市場を参考のために見学しましょう。どのような物が中国で輸出できるのかを見られますので。とのことでした。昨日、悪路を200km走り、腰が痛くなっているのにまた、車ですか。しかも人の商品を見てどするのかと思いつつ車に乗りました。着いて、しばらくして、ハッと気づきました。気づいて、びっくり、建材センターです。どうして、中国に建材センターがあるのだ。日本には根付かない建材センターが。どうして。アッそうだ、瞬間に、青山の建築家Nさんのことが頭に浮かびました。
青山の建築家Nさんは、以前ブログに書きましたが東京工業大学大学院を卒業して、都市計画の勉強にMIT工科大学大学院に留学しその後、アメリカ国防省の委託機関に就職し、戦略的な各国の都市計画をしていました。帰国後も、中国とは縁があり、現在も直接、上海を中心に都市計画に参加しています。帰国後、話をしましたところ、十分に考えられるとのことでした。青山の建築家Nさんは、アラブの都市計画を担当していたそうですが。
基本は、住宅政策です。建材センターは、アメリカの住宅政策、2*4を基本とし構造体を建てれば、誰でもが出来るように何でもそろう建材センターを建設した。スケルトン&インフィルの考え方です。広大な国土の中国は、条件がアメリカと似ています。聞いてみると、海岸沿いに建材センターが点在し、建築は、マンションです。スケルトン状態で渡し、インフィルは、自分たちで選定し施工するか、業者に依頼します。なるほどです。「20090702194847497.pdf」をダウンロード
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